甲斐駒 南山稜 2003年2月14日~2003年2月19日

甲斐駒 南山稜 2003年2月14日~2003年2月19日
‥米澤、小松
■記録

■2月14日(金)
八王子駅14:20===伊那北駅19:10===19:50発高遠駅
中尾さんが町田のプラットホームまできてくれた。わざわざそのまま一緒に八王子駅まで行ってくれた。八王子駅のトイレ前で小松と集合。中尾さんから「高級葛湯」の餞別をうける。ありがとうございました。鈍行で伊那北に向かう。高遠駅で一泊。
■2月15日(土)快晴
高遠駅7:40===橋本山荘8:20(1020m)===赤河原分岐11:00===
北沢峠12:10(2030m)===仙水峠15:20(2264m)
6時起床。7時39分の戸台口行きのバスを乗るために待合室のストーブの前で準備する。伊那里行きのバスがきたので、ザックを担いで外に出るとバスが素通りでいってしまった。仕方なく橋本山荘までタクシーで行った。バスより、時間が短縮できた。赤河原まで順調にこなした。八丁坂が急坂と書いてあり、精神的に疲れる。また、ザックが重くペースが上がらない。小松はスタスタいくので待ってもらいながら登った。北沢峠から仙水峠まで小松がラッセルをする。途中、トラロープのFIXがあった場所の赤いロープで小松の今までのペースが急激に落ち登攀に少し難を感じた。「荷物が重いと足があがらないんだ」といわれたと思ったが、あまり気にしなかった。そんな心配はよそに、小松先頭で仙水峠までついていく形になった。仙水峠の慰霊碑の様なものの隣にテントを張る。摩利支天は、岩の塊という感じを受ける。4時の天気図で、南岸性低気圧がきていることを知った。夜、ラジオの天気予報も聞き明日の天気は午後がピークという情報を手に入れる。停滞かなと思った。

■2月16日(日)雪
仙水峠11:00(2264m)===水晶沢13:30(2080m)===仙水峠14:30
4時半起床。風が強かった。外はホワイトアウトで、八ヶ岳よりたしたことはなかったが南の冬は両者初めてで南岸性がどのくらい激しいのかわからない。午後からがピークということで停滞。シュラフに9時、10時頃まで入っている。その後、外を見ると風弱く雪がシトシト降っていた。行動出来る範囲だが、今からテントを持って行動するのもどうかと思った。小松が偵察をしようと提案。最低限の荷物を持って水晶沢の下降の偵察をする。仙水峠から降りるとすぐ腰辺りの新雪のラッセルであった。1時間行動し水晶沢まで下降する。雪が多いので、南山稜基部から行くのはラッセルで時間がかかりすぎると判断。またロックガーデンも省略し南西稜の腰を経由する近道を選択することにした。南西稜の腰に向かう道を確認し、14時半にテン場に戻る。仙水峠の水晶沢側に固くしまった雪屁ができていたので、雪洞が好きなので試しに掘ってみる。午後4時に天気図をとり、明日は曇りか晴れという予想を立て両者南西稜の腰からいくことを確認する。24時に目が覚めると、テントの三分の一が埋まっていたのでテントラッセル。薄曇りで月の輪郭がぼやけていた。風はやや強く、雪はたいしたことなかったがテント周辺に丁度たまるようになっていた。その時、摩利支天(特に中央壁)は月明かりにドカーンと目前にあり、来て良かったと思う。

■2月17日(月)晴れ
仙水峠6:30(2264m)===南西稜の腰9:55(2440m)===中央壁懸垂12:00
===中央壁取り付き14:00(2350m)===中央壁取り付き(引き返し)15:30===
南山稜の腰16:00(2470m)===南山稜取り付き17:00(2550m)
===南山稜の腰(幕営)17:40
4時半起床。天気は快晴。テントが雪に多少埋まっていたが、雪や風がないので食事、準備をしてから行動するのでテントラッセルはしなかった。摩利支天を仙水峠から眺めると15日と比べ明らかに大量の雪がついたことがわかる。昨日つけたトレースも、ほとんど埋まっていた。仙水峠から水晶沢へは、膝もしくは腰の新雪のラッセルだが、偵察をしていたので迷うことなく下降できた。水晶沢から南西稜の腰まで登る。途中、小松のわかんの金具が壊れたのでアイゼンに付け替える。南西稜の腰には9時55分ぐらいに到着。
休憩をしながら中央壁を眺め、摩利支天沢に懸垂下降できる場所を確かめる。一箇所、50m届けば、合計懸垂3回、トラバース1回でつながると判断。長衛バンドをトラバースし、ザイルが届かない場合は長衛バンドから摩利支天に行くことにする。
長衛バンドのトラバースは、腰または胸あたりのラッセル、雪が腐っておりロープを3Pだす。1,2P目は米澤。3P目は小松。適当な木を見つけ、中央壁左端を懸垂下降する。

一応ザイル1本垂らし届くか試してみると、5mほど余裕を持って下まで届いた。ザイルを引き上げ、ダブルで落とす。どちらが先に行くかどうでもよかったが、上から見て空中懸垂が入りそうなので先に行くことにした。懸垂終了5mほど上で、ザイルを投げたときに偶然出来た結び目で止まる。ザックが重く息苦しかったので、何も考えずに下に捨ててしまった。沢の下部まで落ちないでくれと願ったが「ドスッ、ごろごろ…」と言う音がしてやっぱり摩利支天沢に吸い込まれていった。時計を見ると12時半ぐらい。事態打開のため、懸垂下降途中に新しいリングボルトが1本あったのを見たので、中央壁に残置ハーケン・ボルトがあるか見たがなかった。首には、短スリ2本、長スリ1本があったのでプルージックをユマールの要領で使いエイト環にはまったザイルをほどいた。本来なら、上に一回戻ればいいのだが、その時は下に降りることしか考えられず30分ぐらい奮闘。エイト環より上にあるプルージックと、エイト環の2つで下降。セカンドに小松が懸垂。エイト環とバットマンで懸垂していた。空中懸垂が混じるときは、ザックを別からとってもいいと感じる。

それから、右へ顕著なバンドを、適当に支点をとりながらトラバース。南西稜の腰から狙っていた木までのトラバースで、途中スラブ状の岩に雪が積もっており通過できず、目的の距離より半分手前の木で下降点をつくる。そこから、3ピッチ懸垂下降。2時半に中央壁取り付きまで懸垂し終わる。懸垂を終えザックを回収しに行く。ここでは、一人で摩利支天沢を下降した。取り付きから、わかんが見えるのでとりあえずわかんまで下り、何か見えたら体で○、見えなかったら×をつくることにする。小松は何かあったら危険だと主張。確かにその通りだが、懸垂で疲れているので休憩してもらう。雪崩の危険も考えられたので沢沿いを避けたが、途中から沢の雪が薄くまたしまっていたので危険と判断されるまで下降する。途中摩利支天沢を右に屈曲し、20mほど下降したところにはえていた木の枝にあまぶたのゴムが引っかかって止まっていた。15時半にザックを回収、取り付きまで登り返せた。南山稜の腰に16時到着。時間的な問題で焦っておりそのまま南山稜の取り付きに17時。しかし、やはり時間も遅く疲れているので空荷で偵察しルートがつながるか見にいった。その途中つくった支点を残置してくる。18時ぐらいにテントを張り夕食とする。明日のことを考え、夕食の燃料を節約し、行動食が多かったので行動食ですますことにする。しかし、水分が足りないので飲料を多めにとる。現時点で、EPI缶(大)が少し残っており、(小)は完全に残っていた。食料も朝、夕食の2日分残っていた。明日、摩利支天を抜け甲斐駒山頂~七丈小屋~ヘッテンで下山と考えた。コースタイムでは、南山稜の腰から摩利支天峰まで2~3時間であり多くて6時間だろうと思ったが甘い考えであった。20時就寝。

■2月18日(火)晴れ~雪
南山稜の腰6:30(2470m)===南山稜取り付き6:50(2550m)
===摩利支天直下18:10(2790m)
4時半起床。天気が悪かったら残置したガチャを回収し下山する予定だったが、天気はよかった。南山稜は本来中央壁の右側を登るのがクラシックなラインだが、小松の登攀技術を見る限り不安があり、東壁上の草付きのルートをとる。ガイドでは、「南山稜右ルート」。ここは、東壁から上に続く短い稜や壁とその間の小ルンゼの中をフェース、雪壁、垂直のブッシュ登りでつなげるルートである。

1P目 米澤 20m
昨日偵察して残置したガチャ通り登る。凍った土にピッケルをさし込みながら、真中にハンドサイズのクッラクがはしる大岩を左から右へトラバースする。

2P目 米澤 45m
急な雪面を登る

3P目 米澤 40m
左にトラバースすれば多分南山稜クラシックのラインに入るが、下から見た時無理な感じを受けたので、昨日の偵察で行けそうだったので、東壁上部の草付きを登るために右にトラバース。

4P目 小松 40m
3P目と同様、たいしたことのないトラバース。ここは時間短縮のためつるべをする。

5P目 米澤 45m
短い稜を、ハイマツをつかんで乗り越える。雪が若干ザラメ状で足場が決まらず渋い。ハイマツで小松が登れなさそうなので長スリ1本垂らす。急な雪面をのぼりきると岩にぶつかる。この岩を右からのぼるが、難しいので長スリ1本、短スリ2本をつなげ垂らす。

6P目 米澤 20m
つららができた、階段状の小ルンゼを右から左へトラバースする。小ルンゼをのぼりきると雪面に変わり、近くの木でビレイ点をつくった。ルンゼの土は凍っておりピッケル、アイゼンが非常によく利いた。ビレイ点で、12時ぐらいであった。この時点で、本日の完登・下山が無理であることを意識する。

7P目 小松 10m
ビレイ点からみて雪面を右上するルートと、手前に見える大きなつららが出来ている悪そうなブッシュの直上ルートのふたつあった。とりあえず、前者のルートを小松に行ってもらい無理だと思ったら戻るようにと言う。ビレイ点から小松が見えなくなり、行けそうか聞くと「大丈夫だと思う」と返事をする。ザイルの流れが非常にゆっくり、もしくは流れないので「大丈夫か?」と何度か聞くが返事がない。少し待ってみるが、少しずつ進むので大丈夫かなと思いビレイをしていた。二十分くらいたったのか、あまりに遅いのでその間「行けんの?」とか「大丈夫?」と聞くが返事がない。たまに返事があるがどうもはっきりしない。仙丈岳方面から厚い雲が早い速度で近づいていた。登攀中の悪天が容易に予想され、「早く切れ!」と叫ぶが返事がない。やっとビレイ解除の声がした。セカンドで登るとザラメ雪で足場が決まらずとても悪い。ビレイ点につき、小松に「登れなかったら戻れと言っただろう」と怒ってしまう。そこで、厳しい状況でも無理をして行ってしまう性格なのだと思った。

8P目 35m 米澤
高度が上がるごとに雪の状態がザラメ状で悪い感じを受ける。完全にブッシュ登りとなる。ブッシュが濃く、非常に疲れる。途中セルフをとり休んだ。一箇所、長スリを一本垂らす。ブッシュ帯を抜けたところでビレイ点をつくる。このころから、まわりの視界がきかなくなり始め、雪が降り始めた。小松がセカンドで登るが、長スリを垂らした場所周辺で、ザックが重くて登れないからザックを引き上げてくれと言う。まず、本人に近くの木でセルフをとり赤色のメインをはずしザックに結ぶ。このブッシュでは引っかかり無理だと思ったがとりあえずザックを引き上げてみる。やはり無理であり、インクノットで固定させてから先に小松に登ってもらう。それから、小松に緑のザイル1本でビレイしてもらいクライムダウンをして近くの木でセルフをとる。ザックを回収し登り返す。

9P目 小松
少し上の安定した場所で休憩をするため、小松に安定したところまでラッセルしてもらうが、3mほど上がったところでバテてしまう。横にバケツをつくり休憩する。

10P目 45m 米澤
小松の疲労が激しいのでラッセルしている間休んでもらう。その先は大丈夫だと思い、ザイルをつけたままビレイ無しで登った。しかし、セカンドの小松のビレイはした。このとき14時か15時であり、ヘリコプターの音が聞こえた。あたりは、視界がきかなく雪が降っていた。

11P目 20m 米澤
それから先は、ラッセルだけで行けそうだったので特にダブルの必要はないと感じ、小松に赤色のザイルを片付けてもらった。その間先にラッセルをする。落ちる心配はなかったが、もしものために一個丈夫な支点をとり同時に登る。立ち止まって目の前の雪を見ると、自分の身長より高く、足場も不安定なので、危険だと感じ小松にビレイしてもらう。

12P目 40m 米澤
雪壁を登る。雪は一部身長より高く、ハイマツとハイマツの間には雪が詰まってなく、足がハイマツの間に潜る。また、雪がザラメ状で足場が全然しまらない。見上げた何十m先に、2mほどの岩石がありみため難しそうだった。行くのは嫌だったので、右側へ避けるように移動したかったが、雪が深く不可能であった。しぶしぶ、左側にみえた樹林帯に向かってトラバースをした。2mほどの岩は、中山尾根ハング乗り越しのような感じのムーブであった。2mほどの岩を乗り越す前に、スリングが長スリ1本しかなく、ビレイ点をつくるために必要だったが、落ちたときのことを考えプロテクションとして使用した。落ちずに通過し、3mほど上がったところで、潅木にピッケルのスリングでビレイ点をつくった。この時、17時ぐらいであった。セカンドで小松が登るが、やはり2mほどの岩のムーブはザックを背負っていては出来なかった。しかし、その下の悪い樹林帯の登りを頑張ってこなしてくれて助かった。メインからとったセルフのザイル(インクノット)をのばしクライムダウン。お助けスリングを小松から投げてもらい、掘り起こした木にタイオフさせる。それでも、小松が登れないので空荷で登るようにした。それからは、8P目と同様な方法を用いクライムダウン。荷物を回収し登り返す。

13P目 30m 米澤
小松のザックを担いだまま次のピッチにうつる。傾斜は今までと比べるとまずまず落ちていた。簡単な雪壁を登り切ったところで傾斜がほとんど平坦になった。登っている途中、左手に突き出た岩を見て、頂上近くだと感じる。

平坦になったので、摩利支天山頂までヘッテンで行動し、携帯がはいる状態まで行こうと思い「大丈夫?」と聞くと「大丈夫」と言う。嘘なので、18時10分に平坦な場所にテントに張った。
テントにはいって、休憩の後携帯を出してみるが通じなかった。トランシーバーをだし呼びかけてみるが、反応はタクシーの会話が聞こえるぐらいだった。EPI缶(小)が一つ残っていたので、α米3合分を夕食とする。つくっている間、小松は常にシーバーで交信していた。夕食を終え、水作りを始める。黙々と一人水をつくっており、小松はシーバーをいじっていた。「無駄じゃない?」「気が済むまでやってて」とか小松に言っていたが、19時50分頃塩山の五味さんと連絡がとれた。無理そうでもやるものだなと感じる。東海大学の出利葉監督に電話で無事だと言うことを知らせていただいた。22時まで出利葉監督の交信までの間、五味さんと何度かシーバー交信した。22時に出利葉監督、依田さんと交信し明日の五時に本部からの指示を受け行動することになった。外の風は穏やかだった。
■2月19日(水)晴れ~くもり
摩利支天直下7:10===摩利支天7:50===甲斐駒山頂9:30(2967m)===
駒津峰13:10(2750m)===駐車場
4時半に起床。外の天気を確認すると、麓には薄いガスが移動していたが、空は快晴で星が輝いていた。シュラフを片付け5時の交信を待つ。

5:00  戸台から4人、午前3時に入山したことを知った。外の天気と風の状態をの
べ、次の交信まで指示を受けるまで待機。
6:00  テントを撤収。雪の状態とラッセル状況を伝え、甲斐駒山頂に向かうよう指
示を受ける。
7:00  摩利支天山頂に向かうことを伝え行動する。山頂まで膝ぐらいのラッセル。
8:00  摩利支天山頂。下降路と甲斐駒の登るルートを確認し下降開始。
8:30  戸台からきた西沢さんと交信する。摩利支天と甲斐駒のコル付近
9:00  甲斐駒山頂直下
9:30  山頂で休憩と前の交信で本部との交信で駒津峰に向かうことを伝えるため
待機。
10:15 甲斐駒からの下降。六方石手前でザイルをつるべで4ピッチ出す。
10:45 六方石で休憩と交信。救援隊は仙水峠に到着、双眼鏡でしばらく見るとのことであった。六方石は、左から回り込みザイルを出すことはなかった。
11:15 駒津峰へ樹林帯の中をラッセル。ハイマツの上に腐った雪が乗っており、体が埋まる。
11:45 交信を小松に任せ、少し休憩してもらう。その間、肩ほどのラッセルをするが進まない。2752が遥か遠くに見える。トラバースするより、稜線上の少し左側の方が歩きやすい。ラッセルをしていると、仙水峠の方から「米澤」という声が聞こえた。とりあえず、大声で「はい」と答えたが、大声を出すだけでも疲れる。
12:15 2752を過ぎた辺りで交信。西沢監督からお互いあまり離れるなという指示を受ける。雪の少ないところを目指すが、トラバースをするとラッセルが激しい。
12:45 現在位置から見えるピークの先が空であるため、駒津峰が近いことがわかる。雪屁が水晶沢側へわずかに発達している。赤河原側の方が、雪がしまっていて歩きやすそうだった。ただ、切れ落ちているため雪屁を壊しながらトラバース。救援隊も駒津峰山頂に着くと言うことで、山頂に着いた後交信する。
13:10 駒津峰到着。交信するためザックをおろし少し休むと、西沢さんの「おい」
と言う声が聞こえた。仙水峠からきた救援隊と合流。平日、仕事や用事があるのに駒津峰まできていただきたことに申し訳なく思い、とても気まずい。
13:30 駒津峰出発
14:00 仙水峠着 荷物を分散する
14:20 仙水峠発
15:50 北沢峠着

17:15 足を捻挫する。辺りが薄暗くなってから、赤河原分岐の手前で中尾さんが先頭を歩いていた。ずーと、足元を見ていて中尾さんの左足が滑っていたので気をつけて足を出したはずが転んでしまい足を捻挫した。初めて捻挫をしたが、非常に痛かった。途中で東海大の平出さんにテーピングしてもらう。小松の疲労を考えて中尾、倉本、小松と西澤、平出、米澤にパーテイーを分ける。
20:10 車のライトが2台か3台広場に止まっていた。林道終点の全救助隊と合流。

(文責:ヨネ)

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