〜なるほど間違いない、こいつがコジラの背だ。心が躍り胸の高鳴りを感じる〜

個人山行 レポート著:井之上巧磨

実施日:2022/7/9,10

山域:北穂 東稜

メンバー:金井4年、井之上2年、松浦1年

第一章 バスタ新宿

私井之上はバイトを終え、勤務先の原宿から、松浦と約束した新宿の石井スポーツへ向かう。バイト中、社員さんの素敵なマダムから再三言われた「無理しちゃダメよ!死んだら元も子もないんだからね!最悪涸沢でコーヒーでも飲んで帰ってらっしゃい」の言葉が忘れられない。どうやら今回の山行はやばいようだ。20:30石井スポーツに着くと松浦から人身事故で遅れるとの連絡。バスは22:40発だしやることがないので店内を8周ほどする。んーこの店はミレー推しのようだ(私はファイントラック派)。そうこうしている内に集合時間になったので、何とかバスに間に合わせた松浦と、時間通りに来た金井さんと合流しバスタ新宿へ。バスはほぼ満席、少し良い値段を出したお陰で席は広々としていた。時間きっかりにバスは出発し、15分ほどで車内は消灯。少しの緊張とワクワクで寝れない私はカーテンに頭を入れ移りゆく夜の街を見ていた。知らない街、知らない山、知らない川、色々な景色が現れては消えていく。その内私も眠りについた。

第二章 上高地

バスは予定通り5:30に上高地へ到着した。朝のひやっとした温度と上高地の澄んだ空気が眠い頭を目覚めさせる。運転手さんにお礼を言いザックを荷台から出す。Karrimor製のアルパインザックに60mロープを挟んだ私と、大学山岳部御用達、ガッシャーを持った金井・松浦は登山のメッカ上高地でも奇異な目で見られた。登山人口は増えている様だが、アルパインクライマーが増えていると言う訳ではない様だ(多くの登山者に話しかけられ、いく場所を聞かれたが、東陵が伝わったのは僅か2人だけだった)。軽く準備運動をしたのち、全員で生きてここに戻ろう!と気合を入れて最初の一歩を踏み出した。

第三章 涸沢

徳沢園まではなんて事ない平地を進む。夜行バスで来たお陰で人は殆どおらず、水の綺麗な梓川沿いをハイペースで歩いた。前回の八ヶ岳雨天時幕営訓練(30kgの歩荷を添えて)が効いてるのか、食料をα米にした上無駄を排除した今回のザックは軽くて仕方ない。全員が「この軽さで大丈夫なのか?何か忘れてるんじゃないか?」と一抹の不安を抱いていたが、一般的テン泊装備+登攀具で15kg以上はあるはずなので感覚がおかしくなっているのだろう。徳沢園を越えた辺りから屏風岩が見えた。でかい。でかい以上の感想が見つからない程でかい。標高差600mを誇るこの垂直壁は、少ないながらも存在する私のクライマー魂を震わせた。「いつか登りたいな」隣の松浦にふっと漏れたこの希望は、見てるだけで良いですとの冷たい一言で打ち砕かれた。どうやら私がやるべき事は、5.11c(屏風岩フリーのグレード)を登れる様になる事でも、人工登攀を上手くなる事でもなく、この松浦にクライマー魂を教える事なのかもしれない。その後涸沢までは金井さんが軽い高山病になる程度で大きな問題もなく進んだ。

第四章 偵察

涸沢ヒュッテに着くと目の前に北穂高岳と東陵が見える。今回のターゲットであり、『岳』を読んでいた私にとっては聖地と言える様な場所。岩稜の黒、ハイマツの緑、残雪の白、涸沢小屋の赤、まるで絵画の様な美しさがそこにはあった。とりあえずテン場でテントを張り、翌日いく東陵の偵察へ向かう。一般道である南陵から東陵へトラバースする場所を見つけ目印を置くことが任務だ。岩が多いもののルートは整備されており、マルバツ印が道を教えてくれる。明日はこの道を夜明け前からヘッデンで歩く事になるので、出来るだけ地形と目標となるポイントを覚えた。約1時間程登った所で、予定していたトラバースポイントに到着。ひどいガレ場の後、50m程雪渓を渡ると東陵取り付きに行けそうだ。直近で雨が降ったせいかケルンはあっても雪渓に踏み跡は見られず、とりあえず明日来ても分かるよう目で追える距離にケルンを積み登山道まで戻った。偵察完了だ!明日行く東陵は左右が切れ落ち見るからに楽しそう。ワクワクが止まらない私の横で、パートナーを務める松浦は興奮しながらも不安そうな顔で眺めていた。その後はテン場に戻り、涸沢ヒュッテのテラスでダラダラとしたり、テントで寝たり悠々自適に過ごす。展望も天気も最高だったが、大量の虫だけがうざったかった。

翌朝1:30起床だった為、16:00頃夕食を食べた。やっぱりα米は好きじゃない。前回の八ヶ岳ではカレー、その前の新人合宿ではカツカレーや唐揚げ、プルコギを1から作っている我々には物足りないのだ。松浦は翌日の東陵に怯え「俺明日落ちませんかね?生きて帰れますかね?」としきりに聞いてくる。まるで空気はお通夜だ。そんな事は知らないし、落ちても大丈夫な努力はする、生きて帰す努力もするとだけ答えておいた。我ながらひどい答えだと今になって思う。一方金井さんはと言うと、タンクトップに短パンで、ボロボロとα米をこぼしながら食べていた。生きて帰れるか思い悩む奴、食い方も服装も汚い奴、明日が楽しみでしょうがない奴、まるで統一感のない3人が同じテントで生活する様は側からみたらシュールだったと思う。

第四.五章 夜

夜中はひどい雨と風だった。ザーザー降る雨がテントを叩き、風が激しく揺する。端で寝ていた私は濡れを感じて何度か起きた。後で知ったが松浦は東陵の恐怖で2時間程しか寝れなかったらしい。遺影になりかねないので自撮りを撮り、家族に遺書を書いて過ごしたそうな。そんな彼にとって、この雨はまさに恵みの雨。「やった!これで東陵がなくなる!」と思っていたらしいが、23時頃からしっかりと雨は上がった。

第五章 アタック

朝起きると外は快晴。溢れんばかりの星が煌いていた。朝食用にお湯を沸かし、α米を作る。松浦は相変わらずナーバスだ。ご飯も食べたがらないし、水も飲まない。しょうがないので、無理くりできそこないのα米赤飯を食べさせ、2:45いよいよ準備を終え涸沢ヒュッテ前に3人で集まった。金井さんは今回別ルートをソロで行く為ここで暫しの別れである。全員で拳を合わせ「生きてここに戻るぞ!!」と声を上げ別れる。なんともドラマティックで良い場面だった。(後日談だが、金井さんはこの後20歩程行った所でルートが残雪により閉鎖されてる事を知りBCへ戻ったらしい。あのロマンスある雰囲気を返せ)東陵班は昨日歩いた道を小気味よく歩いて行く。松浦のテンションが低い。このまま行くと本当に死にかねないなぁと内心思いながら、とりあえず昨日のケルンまで歩みを進めた。3:45南陵からのトラバースポイント到着。夜明け(4:30)と共にトラバースするつもりだったので随分早く着いてしまった。そこで「今なら何も文句は言わないから、行くか行かないか4:00までに決めろ」と松浦に問いかける。このまま行くと本当に危ない。自分で行くと決めさせる事で腹を括らせるつもりだったが、松浦が真面目に悩み始めて内心焦った。4:10そろそろ行くなら準備したい頃、松浦が小さくも力強く「行きます」と一言。こうくると予想はしていたもののとても安堵したのを覚えている。

第六章 取り付き

ハーネスにガチャ類をつけ、日の出を横目に一般道を離れる。雪渓は昨日の雨と朝だった事もあり軽くクラストしていたが、チェーンアイゼンとストックがあったので問題なく渡れた。松浦も雪渓を渡り、いよいよ取り付き。踏み跡らしきものを追いつつ、GPSに落として置いたポイントを目指して急登を登る。しかし知らず知らずのうちにルーファイをミスっていたらしく、どこもガレ場には変わりないのだが、更に斜度がある為歩きづらい。松浦がロープが欲しいと言うので、FIXロープを張り、適当な岩でビレイをしながら登らせる。次の斜面でもロープが欲しいの一言。確かにガレており、落ちたら大怪我は免れないが、傾斜も緩くホールドもある。こんな所でロープを出していては、核心は抜けれないんじゃないか?様々な嫌な想定が思い浮かび「東陵やめて帰るか?」と思わず言ってしまった。松浦が無言だったので、とりあえず尾根までは行こうと切り替え、ロープを引いた。悪い時、悪い事は重なるもので1mm程度の小雨が降ってきた。いよいよ撤退かなと思いつつも、2Pほどロープを出しつつ進み尾根に乗る。なるほど、悪いはずだ。尾根に乗ると右手側にもっと簡単そうなルートがあった。こいつは松浦に悪い事をしたなと反省し、謝った(あそこでロープは必要ないと思うのに変わりはないけど)。

第七章 東稜

尾根上は左右が切れ落ちてはいるものの、幅が5m以上あり歩きやすい。ちょうどこの頃、天候も回復しモルゲンロードが見えなんだか良い雰囲気が流れる(結局これがこの日唯一の晴れ間だった)。浮石に気を配りつつノーザイルで時間を稼ぐ。難しくはないものの、やはり松浦が怖そうなのでゆっくりと声をかけながら着実に歩く。そうこうしている内に尾根は狭まり、1m以下のナイフリッジ状に姿を変えた。いよいよロープの出番だ。ロープを出して支点を作っている間に末端をハーネスに結ぶように指示を出す。すると「エイトノットのやり方を忘れちゃいました」との返答。結局彼はこの日、ビレイ器の使い方、スリングの束ね方、アルパインヌンチャクの作り方、懸垂下降の仕方と今まで教えてきた事ほとんどを覚えていなかった。正直フリーソロで十分いけるルートなので彼のビレイになど1mmも期待などしてはいなかったが、エイトノットやスリングの束ね方位は家で練習していて欲しかった。それがただただ残念で、だけど一応怒らなきゃダメだと思ったので怒った。人を怒るのは慣れてないしやり方が分からないので疲れる。エイトノットをしてやり、ビレイ器のセットまでしていよいよ登攀。ホールド・スタンス共に豊富でクライミングをやっていれば全く難しくない。離れすぎると松浦が不安だろうから、声が届き目に入る範囲でピッチを区切る。松浦もボルダリングが効いているのか、怖がってはいるものの確かな手足捌きで、ゆっくりとだが確実な登攀を見せた。その後数P進むと一手だけだが体が壁からはみ出て、、松浦は確実に怖がりそうなピッチに当たった。ロープ流れと、自分の登り方を見てもらう為に短いがここでピッチを区切る。「ここ悪そうだから見ててね」と言った上で登り始め、一手目で体をナイフリッジ側面に出し、岩稜のてっぺん目指して4mほど直上していく。ホールド・スタンス共に豊富だが慣れていないと確実に怖い箇所。登り切った所で視界が開け先が見えた。なるほど間違いない、こいつがコジラの背だ。心が躍り胸の高鳴なりを感じる。美しいナイフリッジが続き、写真で見ていた景色がそのまま目の前に広がっている。左右は切れ落ち、底はガスで隠れ、リッジは真っ直ぐと空間を切り裂く様に伸びる。とりあえず直上後すぐ残地ハーケンがあったので中間支点を取った。これで松浦が身を乗り出して落ちても安心できる。その後小まめにピナクルからスリングで中間支点を作りつつゴジラの背を抜ける。そこまで難しくはなく、ただただ楽しい。ナイフリッジの切れ目でピッチを切り、松浦をビレイ。細かく取った中間支点が良かったのか、怖がりながらも安定して来ていた。その後もう1Pリッジを行くと懸垂下降する岩を発見。もう終わりかと呆気にとられつつ時間を見るとかなり押している事に気がついた。急いで懸垂し、北穂小屋目指して急登をゆく。ここが実はかなり悪い上に長かった。いや初心者連れには悪いと言った方が良いかも知れない。私1人なら適当に直登し詰め上げるのだが、今回はそうもいかず「松浦の登攀力で安全なルートはどこか?どこなら仮に落ちても死なずに済むか?安全ながらも時短できるルートは?そもそもこのルートで合ってるのか?」といつも以上に色々考えながら登った。結果ロープを出す事もなく1時間ほどで北穂小屋に着いた。

第八章 北穂

北穂小屋から少し歩くと遂に北穂高岳山頂に辿り着いた。やっと終わったと言う気持ちと高揚感や満足感、無事終われたと言う安堵感と松浦に対する感謝、様々な感情がほとばしる。。今回のクライミングは、私もルーファイをミスしてるし、人を連れて行く身としてはまだまだ未熟、松浦も初めてのバリエーションだし、何よりまだ十分なクライミングの訓練ができていないのでビレイヤーとしては不十分だったかもしれない。しかしながらこの時だけはそんな負の感情が消し飛び、ただただ「良いクライミングをした。良い山をやったな」と言う気持ちだけが満足感そして疲労感と共に心に残った。松浦と力強くグータッチをして叫び、山頂にいた登山者に写真を撮ってもらう。あの瞬間、あの場所で俺たちは間違いなく主人公であり、ヒーローだった。

第九章 下山

山頂で歓喜したのも束の間、現在10時で北穂の山頂にいる我々には16時までに上高地バスターミナルまで降りると言う次のミッションがあった。コースタイムでは7時間程度。それを6時間で行かなくてはならない。更にはテントの撤収とパッキングも必要だ。が、まぁ大丈夫だろう。結局5分ほど山頂にとどまり、急いで下山を始める。一般道を降りて行くのだが、東陵と南陵、同じ尾根でここまで違うのかと言う程歩きやすい。南陵は一般道の中で言うとかなり悪い方なので、我々の感覚が麻痺しているのだろう。1時間ほどで涸沢のBCまで駆け降り、金井さんと合流した。気を利かせてテントを撤収してくれた上に、私と松浦にサイダーを買っていてくれた金井さんは控えめに言って神である(松浦のサイダーは飲まれていたし、我々が決死の登攀中彼は小屋でスタミナ丼を食べていたが)。15分でパッキングを終え涸沢を後にした。帰りはCTの半分ほどの速さで歩き、途中走りつつ15:30上高地へ到着。

上高地では、アルプス山荘で仕事をしていた羽田OBにご挨拶。

そして、松本駅についてからは、松本在住の角田コーチが腹ペコの我々へ、マクドナルドのバーガーなど多数を差し入れてくれた。それを持って、新宿駅のバスに乗り込み、程よい疲労感を感じながら帰京し、喜びに満たされ今回の山行を終えた。

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